容疑者Xの献身

舞台「容疑者Xの献身」結末を知る推理小説の舞台化作品になぜ心を奪われるか

容疑者Xの献身

容疑者Xの献身

3月から予約していた……というか、昨年から上演延期になってきた舞台「容疑者Xの献身」を観てきました。

西宮北口駅の側にある兵庫県立芸術文化センターでの上演だって分かっていたのに、自分がJR西宮駅のホームにいて愕然としたんですが……うん、色々と疲れてたんだ、きっと。


「容疑者Xの献身」は第134回直木賞受賞作で、当時国内のミステリ各賞を受賞したミステリ小説。
福山雅治主演のガリレオシリーズで映画化されただけでなく演劇集団キャラメルボックスが2009年、2012年に舞台化。その後、韓国・中国で映画化、舞台化されるなど超名作として知られています。

天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた高校教師の石神は、
ある夜、不審な物音を聞く。
アパートの隣室に住む花岡靖子の部屋で何か起きたらしい。
彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、二人を救うため完全犯罪を企てる。
だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の湯川学が
その謎に挑むことになる。

引用:公演公式サイトより(‘21.7.11確認)

脚本・演出はキャラメルボックスの成井豊さん。
キャストの多くはキャラメルボックス所属の俳優さんなので、キャラメルボックス版の再再演といったところです。

舞台上には初演、再演でもくみ上げられた回転式のセットが備えられています。
キャラメルボックスの舞台では基本的に暗転がなく、この回転式のセットを巧みに回しながら、石神・花岡のアパート、湯川の研究室、花岡が勤める弁当屋、警察署の取調室、留置場、ホームレスが暮らす河川敷などのシーンを細やかに再現します。

原作の書籍をそのシーンに出演していない出演者が手に持って、「地の文」を読んでナレーションするのも、成井豊さんの演出では良くある風景。
原作の文体を崩さず、いわゆる原作厨にも満足させ、原作を読んでいない人も置いてけぼりにしない作りが本当に誠実だなぁと思います。

「容疑者Xの献身」は、殺人が起きる「本格ミステリ」なので、2時間ほどの上演時間の多くは緊迫した場面になるのですが、舞台版は要所にちょっとした笑いのスパイスを仕込んでいます
石神や花岡、湯川にはそういった場面は少ないのですが、刑事や弁当屋のシーンではそういったちょっとした笑いで緊張が緩和され、それだけに終盤の石神と湯川の対決がガツンと胸にささります。

出演者で何より目をひいたのは石神役の筒井俊作さん。
キャラメルボックスの2009年度版では西川浩幸さん、2012年版は近江谷太朗さんが演じた石神ですが、原作では「ダルマの石神」と書かれ、柔道部の顧問という人物なだけに、今回のキャストが一番しっくりときました
今までの役柄はどちらかというとコミカルな登場人物が多く、太めでありながら体脂肪率は一桁というガチッとした体格の筒井さんが、今回は役柄に合わせたのか衣装なのか、かなりふくよかな見た目で、グッと抑えた声で、花岡靖子への思いを全身で現す、まさに石神でした。

多田直人さんは、意外と偏屈な湯川学を好演。何しろ、湯川学と言えばTV・映画の福山雅治さんが見ている側には浮かんでしまいます。それでも変に寄せることなく、物理学者で石神や刑事の草薙を数少ない友人として大事にして事件に臨んでいる湯川で良いなぁと思いましたね。

オレノグラフィティさんや長島敬三さんの物語をしっかりと引き締める演技を楽しみながら、やっぱり「箱推し」のキャラメルボックス所属の俳優さんは他のお芝居で何度も観ているので、久しぶりに生で演技を観ていると、それだけで口元が緩んでしまいます
岡田さつきさんはボソッと面白いこと言うし、渡辺安理さんは可愛さの中に大人な色気のある花岡靖子だし、木村玲衣さんはどう見ても女子高生で、シーン、シーンの主になっていないところの演技が一々素敵だし、大内厚雄さんは相変わらずダンディなのにお茶目で……観てて、「あぁ、劇場に帰ってきたぁ」という気になりました
キャラメルボックスに入団しての期間が比較的短い矢野聖さんや生田麻里菜さんの演技も観られて個人的には大満足。


まん延防止措置が続く中での公演。

劇場で観劇することができたとはいえ、入場前には発熱チェックに手指消毒、ロビーでの軽食販売もなく、物販の販売も最低限、観劇中のお喋りはもちろん厳禁だし、開演前や終演後のロビーには劇場独特の高揚感はあまり感じられません。

それでも、1階席は1席おきじゃなくてほぼ満員。ぐるっと見渡すとやっぱり良いなぁと感じます。

カーテンコールで石神役の筒井さんが「エンターテインメントは不休かもしれませんが、不要ではありません。」という言葉に結構うるっと来そうになりました。

なかなか関西で今日のキャストの皆さんの演技を観ることは少ないかもしれませんが、また観に行きます。
最高の休日でした。