こんな風景を想像した。
コピーライターの阿部広太郎さんが、すっごく澄んだ色のボールを僕に投げてきた。
なんとかそのボールをキャッチした僕は、ボールに色を塗って投げ返した。
阿部さんは笑っているように見えるけど、実は怒っているのかもしれない。まぁ、いいや。
本を読んで最初に思いつく風景は色々だけど、こんなのは面白い。
だから、その風景を見せてくれた本を紹介したい。
……僕はキャッチボールが苦手だ。もしかしたらボールはキャッチできていないかもしれない。でも、受けたボールは投げ返す。
言葉をあつかうすべての仕事の根幹は「I Love You」にある
文豪・夏目漱石が教師時代に、「I Love You」を「我君を愛す」と訳した教え子に「『月が綺麗ですね』とでも訳しておけ。」といったとされる都市伝説のようなエピソード。
初めて、このエピソードを目にしたとき、僕は「なんやそれ?」と思った。
インターネット上で、この「月が綺麗ですね」は度々、ネタとして扱われ、恋愛をほのめかすエピソードが現れると、コメントには必ずと言っていいほどこの言葉で揶揄される。
阿部さんは、コピーライター養成講座などコピーの書き方の講義をする前に、このエピソードを紹介し、「今のあなたならなんと訳しますか?」と問いかけるという。
「半分こにしようか」
「卒業したから、生徒じゃないです」
「今、会えない?」
先日、僕が参加した「よんなな会」でも、このお題で、
「美味しそうな方あげる」
「くっさーと言ってかいじゃう」
「さっき着いたばっかだよ」
なんて、コピーが続々と参加者である公務員や学生からあがってくる。どの言葉にも「愛」の文字はない、だけれどどの言葉にも「愛」があふれ出ている。
「今のあなたなら」が大切なのだという。
なるほど、今ならわかる。「月が綺麗ですね」という言葉を聞いたその物語の女性ならば、その愛に気づく。
言葉とともに生きていく限り、言葉をあつかうすべての仕事の根幹は「I Love You」にあると僕は思う。
そんな気づきの言葉から阿部さんの「超言葉術」がはじまる。
何に気づいて、何を発信するか
本文では、阿部広太郎さんの新人コピーライター時代の経験として、「自分の広告をつくりなさい」と言われて作った40本のコピーと、いいねと言われた1つのコピーが「思い付きで書き加えたもの」と正直にばらしている。
そんな人間くさい言葉にとんでもなく引きつけられる。
- サッカーW杯で渋谷のスクランブル交差点で交通整理にあたった警官、後に「DJポリス」と呼ばれた彼が群衆に語った言葉
- 「Cod noe(鱈の卵)」と書いて気持ち悪いと思われた明太子をニューヨークで売ろうとしたときにつけた名前
- ロンドン五輪で大成功した「ボランティア」の愛称
豊富な実例や自身のこれまでの仕事を元に、言葉で「伝える」と「伝わる」の違いがこの上なく分かりやすく記されている。
阿部さんが第2回Twitter小説大賞で審査員特別賞を受賞した作品が素晴らしい。
退屈。毎日。新学期。青空。転校生。お隣さん。消しゴム。ありがとう。横顔。音楽。好きなバンド。一緒。フォロー。お。リプライ。DM。バイト。ライブ。チケット。買った。二枚。誘う。笑顔。当日。人混み。はぐれる。あれ。手。つなぐ。うそ。ほんと。右手。近く。君。やばい。終わるな。このまま。
— 阿部広太郎 (@bravexyz) March 11, 2011
140字の制限があるTwitterのツイートで、極限まで文章をそぎ落としながら、主人公の日常、心の動き、風景、匂い、熱が「伝わる」。
書籍の最終章、第7章のタイトルは「企画書はラブレターだ」。この書籍は言葉を扱う仕事でもがいている、プロのコピーライターじゃないからうまい言葉なんて書けやしない、なんて思っている人へのラブレターなんじゃないだろうか。
公務員はとかく自己発信について後ろ向きだ。
普段の仕事は「伝える」ことに必死なのに、「伝わる」ことはあまり意識していないように思える。
何を意識して、何を発信するか。そのことを知るのに、この書籍は案内付きの入り口になる。
機会があれば、たくさんの仲間や同僚と一緒に阿部さんにいろんな色のボールを投げてみたい。
その時、阿部さんはどんな顔をして、どんな言葉で、新しいボールを投げてくるんだろうか。
コメントを書く